「なぜ人間だけは食べちゃダメ?」。命の線引きを問う『ダーウィン事変』の面白さ、映画評論家が考察

書店員を中心として選考される『マンガ大賞』で2022年の大賞を受賞した、『月刊アフタヌーン』(講談社)で連載中の、漫画家・うめざわしゅんによる『ダーウィン事変』。昨年ネット上で大きな話題を集めた、藤本タツキ『ルックバック』(集英社)、和山やま『女の園の星』(祥伝社)などを抑え、より支持を集めた本作は、アメリカの映画、ドラマ作品を想起させる、多くの驚きに満ちた作品だった。
主人公は、半分ヒトで半分チンパンジーという、新しい生物「ヒューマンジー」として生まれ、アメリカの中西部、ミズーリ州に住んでいるチャーリー。人間の養父母に引き取られた彼は、二人の愛情を受けながら育ち、地元の高校に通い始める。人間のようでもチンパンジーのような容姿でもあることで、学校内で奇異の目にさらされるチャーリーだが、たいていの人間よりも理知的で冷静な彼は、偏見を持つ者たちと議論をするなど飄々とした態度で過ごし、ちょっと変わった女子学生のルーシーらと学生生活をエンジョイしている。
ヒトとチンパンジーのあいだの生物……「ヒューマンジー」という存在が現れることで、作中の登場人物だけではなく、本作のページをめくる読者もまた、既存の価値観や生命についての観念を揺さぶられることになるだろう。
人間とほかの動物との違いは、高い知性と高度な仕事、文化活動ができる点だと人々は信じているが、人間ではないチャーリーは人並み以上に思考し、身体能力は人間をはるかに凌駕する。知性を拠りどころにしてきた人間の従来の基準でいえば、「ヒューマンジー」は人間の上に位置する存在なのかもしれないのである。
ユダヤ教やキリスト教では、人間が神に似せた姿で生み出された特別な存在であり、仏教においては、さまざまな生命に生まれ変わる「輪廻転生」のサイクルのなかで、人間のみが悟りを開き得るということになっている。しかしチャーリーのたぐいまれな知性は、そのような人間たちの宗教的な特権性をも揺るがすのだ。